この庭は、一九八一年に中根金作により作庭された枯山水庭園です。
東南隅にソテツが植え込まれた亀島、東南と西南に二つの低い築山があり、東側には深山の石組みがあります。二つの築山の間から川の流れが蛇行して大海に流れる様子が砂利で表現されています。
洗練された作庭手法で、数少ない石と植栽を効果的に配置し、落ち着いた雰囲気の庭に仕上げられています。
(中央の松は、作庭当時はもっと小さい松でした。しかし、作庭後に枯れてしまったので、植え替えられました)
春のサツキと梅、夏は青々とした苔や葉など、ゆったりした中にも、春夏秋冬で様々な趣を感じることができます。
見学は無料ですが、事前にご連絡をお願いいたします。
「昭和の小堀遠州」といわれた作庭家・造園家。
一九一七(大正六)年、静岡県磐田郡天竜村(現・磐田市)に生まれる。
浜松工業学校を(現・浜松工業高等学校)卒業後、東京高等造園学校(現・東京農業大学)にて造園技術を学ぶ。
京都府造園技手、京都府文化財保護課記念物係長・裏千家学園茶道専門学校非常勤講師を経て、
一九六六(昭和四十一)年、中根作庭研究所を設立した。
その後、大阪芸術大学学長・難波短期大学学長を歴任した。
その間、日本国内外に三百以上の庭園を作庭している。
主な作庭は
城南宮楽水苑(京都市伏見区/一九五四〜六〇年)
大仙院中海庭(京都市北区/一九五四年)
退蔵院余香苑(京都市右京区/一九六四〜六五年)
足立美術館庭園(島根県安来市/一九六九〜七二年)
ボストン美術館天心園(アメリカ/一九八八年)
著書・受賞多数。